福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)390号 判決 1978年4月24日
控訴人
株式会社西日本相互銀行
右代表者
大村武彦
右訴訟代理人
松本成一
被控訴人
丸山照雄
右訴訟代理人
山口伊左衛門
被控訴人補助参加人
国
右代表者
瀬戸山三男
右指定代理人
泉博
外四名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「一、原判決を取消す。二、被控訴人の請求を棄却する。三、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人及び補助参加代理人はいずれも主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、左に付加、訂正する外、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに之を引用する。
一、控訴人の主張
裁判上の送達の効力は、私法上の意思表示の効力と異り、事柄の重要性に鑑み、特に厳格に判断されなければならず、送達の時間的、場所的関係、一連の行為の流れ、受領者、拒否者の主観的意図等諸般の事情を総合して行なわれなければならないと解すべきところ、控訴銀行若松支店の受付係住田準子が、昭和四八年一〇月二日午前一〇時過頃同支店カウンターにおいて、若松郵便局郵便集配人から控訴銀行「代表取締役荒木慎吉」宛の「特別送達」郵便物を一旦手渡されたことは間違いないが、右は同女において当該郵便物を点検し、上司と相談して受領の可否を決定するため一時的に預つたにすぎないものであり、控訴銀行の了知可能な支配圏内に置かれたと評価すべき性質のものではない。しかして、同女は同支店上司の藤松政実と相談した結果、その指示に従い、即時その場で前記郵便集配人に対し控訴銀行本店への転送申出をして返戻し、同集配人は直ちに郵便局に持ち帰つた上、転送手続をとり、同月六日右本店へ送達され、その旨の送達報告書が作成されたものであるから、控訴銀行若松支店の措置は前後の経緯からして正に受領拒絶に外ならず、同支店に対する送達が有効になされたとは到底いい難いのである。
二、補助参加人の主張
裁判上の送達の効力を判定するについては、法的安定性尊重の見地から、行為の外形を客観的に判定すべきものであり、受領者、拒否者の主観的意図を考慮すべきではないと解すべきところ、本件郵便物は受領権限あるものに正当に交付されたのであつて、誤配郵便物が返戻或は転送申出を受けた場合と事情を異にし、昭和四八年一〇月二日控訴銀行若松支店受付係住田準子に対する交付をもつて有効に送達が完了し、受領の可否或は当否についての同女らの主観的な意図、判断のごときは送達の効力になんらの影響も及ぼさないし、郵便集配人の転送の所為については、通常の例に従い、前記集配人は、転送申出を受けて、単なるサービス業務として転送手続をとつたにすぎないのである。
三、当審における証拠関係<略>
理由
<証拠>によれば、被控訴人主張の請求原因第一、二項の事実(被控訴人の訴外若戸機工株式会社に対する債権と債務名義の存在)が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、若戸機工が昭和四八年一〇月二日の時点において控訴銀行に対し原判決別紙「目的債権目録」記載の債権を有していたこと及び昭和四八年一〇月一日、本件債権差押、転付命令が発せられたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、以下本件命令の控訴銀行に対する送達とその効力について検討する。
<証拠>を総合すると、
一本件命令は、特別送達郵便物として、若松郵便局員山口周作により、昭和四八年一〇月二日午前一〇時一五分頃、控訴銀行若松支店の窓口へ配達され、一旦、同支店受付係の住田準子に交付されたが、同女は、該郵便物の宛先が「北九州市若松区浜二の二株式会社西日本相互銀行若松支店、代表取締役荒木慎吉殿」と記載されており、且つ、代表取締役荒木慎吉なるものを知らず、少なくとも、同支店には該当者が居なかつたところから、受領の可否、当否を上司である同支店内務担当役席藤松政実に質した上、その指示に従い、山口に対し該郵便物を控訴銀行本店へ転送されたき旨依頼して返戻したこと。
二藤松政実は、該郵便物の宛名の表示が前項記載のとおりであり、藤松自身荒木慎吉が代表権を有する役員であることを知らなかつた故もあつて、同支店において受領することは相当でないと判断して、住田準子に対し本店への転送手続方を指示し、自から転送先として「福岡市博多区博多駅前一丁目三番六号西日本相互銀行本店」なる付箋を作成交付したこと。
三若松郵便局員山口周作は、特別送達の意義、方法について必ずしも正確な知識と経験を有していなかつたところから、住田準子の転送依頼を受けるや、格別の疑問を抱くことなく該郵便物を若松郵便局に持ち帰り、転送手続をとつた結果、昭和四八年一〇月六日控訴銀行本店に配達され、同日送達済の送達報告書が作成されたこと。
四本件転付命令の目的債権である、若戸機工の控訴銀行若松支店に対する金五〇万円の予託返還請求権は、その原因については必ずしも明らかでないが、昭和四八年一〇月三日予託金全額が若戸機工へ返還されることにより、消滅したこと。
五昭和四八年一〇月二日当時、控訴銀行の代表取締役は三名であり、荒木慎吉もその一名であつたが、右事実が支店窓口等控訴銀行末端従業員まで周知徹底されていたとは必ずしもいいがたい状況にあつたこと。
以上一ないし五の事実が認められ、原審証人藤松政実の証言中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで、郵便による交付送達は、送達吏員が受送達者に対し、法定の方式に従い、送達書類を交付することによつて効力を生じ、その受領の可否、当否に関する受送達者又はその代人の主観的判断のごときは、差置送達の方法によるかそれ以外の方法によるかはさておき、送達の効力そのものにはなんらの影響を及ぼさない、と解すべきである。
これを本件についてみるに、右認定の事実によれば、本件特別送達郵便物は、送達吏員の山口周作により、昭和四八年一〇月二日、民事訴訟法第一六九条第一項本文、第一七一条第一項の趣旨に則り、控訴銀行の営業所である同銀行若松支店において、事務員である同支店受付係住田準子に対し交付意思をもつて交付されたことが明らかであるから、右交付により有効に送達が完了したといわなければならない。
控訴人は、住田準子において山口周作から本件郵便物を受け取つた所為は、送達受領行為と目すべき性質のものに非ず、受領の可否を検討するための受託行為にすぎない旨抗争するか、送達における受領行為の有無は専ら外形的、客観的に決定さるべきものであり、受領者の主観的意図のごときは交付行為の効力の判定とはなんら関わりのないものであるといわなければならない。
よつて、この点の控訴人の主張は主張自体採用しがたいところである。
もつとも、本件においては、山口の住田に対する郵便物交付後、住田及び上司である同支店内務担当役席藤松政実は本件特別郵便物を同支店において受領することは相当でないと判断して山口に対し、福岡の控訴銀行本店への転送方を申出て返戻し、山口において格別の異議なく転送手続をとつた事情が存するけれども、右の事情は全て前示有効な送達完了後における控訴銀行内部の事情であるというべきであつて、一旦完了した送達の効力になんらの消長を来すべきものではない。けだし、本件郵便物の受領の可否、当否に関する住田らの右主観的判断は前示民事訴訟法の条文に照し不当であるのみならず、その転送依頼の申出は同人等の内心の意図、動機がどうであれ、拒絶の明確な意思表示を伴わない点において受領拒絶とはいえず、かかる主観的事情は交付送達の効力になんらの影響をもたらすべき筋合のものではないからである。
また、郵便局員山口周作において、住田らの転送依頼の申出に対し格別の異議なく転送手続をとり、昭和四八年一〇月六日に送達が完了した旨の報告書を作成した措置については、送達業務に携わる郵便局員として、一見無定見且つ曖昧な行為として非難される余地があるかにみえるけれども、右は、前示のとおり、正当な受領権限を有するものに対し一旦有効に送達が完了した後、本来は控訴銀行の本、支店間において内部的に処理されるべき事柄を、住田らから転送依頼を受けた山口が、いわばサービス的に代行したもので、送達報告書の記載は単に右代行事務の結末を明らかにしたにすぎないとみるべきが相当である。のみならず、転送により控訴銀行において本件転付命令の内容を現実に了知する機会が遅れたとしても、遅れたことによる不利益は、その原因を不当に作出した責任者ともいうべき控訴銀行をして負担せしめるのが相当である。
以上のとおりであつて、山口の前示転送手続を目して新たな送達手続とみることはもとより、一旦完了した昭和四八年一〇月二日の送達の効力を左右すべき性質のものとみることは相当でない。
してみれば、控訴銀行に対し、昭和四八年一〇月二日の送達に基き金五〇万円の転付金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があるから之を認容すべきである。《以下、省略》
(高石博良 鍋山健 原田和徳)